Two Years Honeymoon in New York ニューヨークで迎える新婚生活
「NYで新婚生活なんてかっこいいじゃん!」と大学院生の夫は云うが、限られた収入でやりくりするのは簡単じゃない!家事、語学、節約、夫婦の絆。限られた時間、収入の中でも楽しみたい。そんな新妻Marikoの奮闘記。
プロフィール

まりこ

Author:まりこ
79年2月生まれ。うお座。05年7月、入籍結婚し、NYで大学院生活を送る夫を追って05年9月渡米。マンハッタン・イーストヴィレッジで新生活を始める。高い家賃と生活費、課題に追われ帰宅の遅い夫。NYでの新婚生活は想像していたほど、バラ色ではなかった!!新妻Mariko、安くて栄養価の高い食材と素敵なNYスポットを日々探求中です!応援よろしくお願いします!

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沢山の家族との出会い
fisherman.jpg彼はラジオアダの取材をしています。ガーナの公用語は英語とされていますが、チュイやガなど50以上もの現地の言葉が使われています。もちろん教養のないひとは現地の言葉を話し、英語は話せません。ラジオアダはダンウェイという言葉を使ったコミュニティーに密着したラジオ局。今まで英語でしか知ることができなかった世界のことや現地のことなどが現地の言葉で知ることができるのです。今彼はラジオアダの視聴者を取材しています。そこで沢山の貧しい家族と出会いました。

アダは川と海があるので、漁業が盛んです。ある日お話を聞かせてもらった家族はお父さんは漁業をしていて、お母さんはその魚をマーケットで売っています。子供は5人。英語は話せないので、ラジオ局のエミリが通訳として付き添ってくれています。彼らに「いつも使っているラジオを見せてください」とお願いしました。持ってきてくれたのは電池の入っていないラジオ。電池が切れていて、今はラジオを聞けないそうです。「今日は魚が取れなくて、収入がなかった。」っと。今度魚が沢山取れたら、電池を買うそうです。電池は4個入りで8000シディ(=約100円)。どういうふうに考えても、その日暮らしの生活です。

fisherman1.jpgそしてまた別の日、出会った女の子。沢山の子供たちが元気にカメラに飛びついてくる中で、か細い声で、その女の子は私に声を掛けてきました。近くにある小学校があったので、「あなたもあの学校に通っているの?」っと聞くと、「うん」っという返事がありました。ガーナでは日本のように中学校までは義務教育です。丁度小学校が終ったようで、沢山の小学生が先生にお別れの挨拶をしていました。赤と白のチェックの制服を着ている子供たち。(この子もあの制服を持っているのかな??)女の子とやせ細った体と擦り切れた服をみて、聞こうをして止めました。今学校に行っているべき時間なのに、行っていないのは、経済的理由でいけないに違いない。

「今何歳??4歳?5歳?」。「11歳だよ。」日本ではどうみても4歳か5歳くらいの体つき。じっくりと見ていると、顔はこけているし、足は鳥の足のように細い。「家はどこにあるの?」っと聞くと、すぐ近くにある家まで案内してくれました。家の前にはお母さんがいて、なにやらご飯を作っているようでした。英語が話せないので、会話ができませんでしたが、この女の子のおばあちゃんかと思うくらいやつれています。苦労が顔や体つきに滲み出ていました。外で火を焚いてお湯を沸かしていましたが、一体今日一日のご飯が用意できるのかな。

afamily.jpg そのお母さんとは別れ、車に戻ろうとしているとき、その女の子はあのか細い声で「マニーMoney」と私にお金を求めてきました。今まで沢山の子供や大人からお金を求めてこられましたが、まだその子たちの声ははりがあり、私が断ってもまだ言いかえすパワーがあります。しかしこの女の子とはすぐにでも倒れてしまいそうな、小さな小さな女の子。助けてあげたいっ。

 一昨日彼が出会った家族。一歳半の子供が死にかけていました。きっとマラリアでしょう。病院にいったら、直る病気。しかし病院にいく費用がありません。このままでは死んでしまうと分かっているものの、何もできず、日に日に死が近づいているのを見守ることしかできないのです。この子の兄弟は(本当は)6人。みんな双子だそうです。つまり双子が3組いる家族です。しかし双子のうち、どちらか一方の子供は亡くなっているそうです。

 ガーナでは至る所に沢山の子供がいます。一家族、五人以上の子供がいるのが標準です。しかしそれに比例して死亡率も高いのが現状。今まで多くの人にお金を求められてきたけど、あげたことはありません。助けてあげたいものの、貧しい家族は数え切れないほど沢山います。一体お金をあげていいものか、この葛藤はずっとつづくのだろうなぁ。

写真上:1つの網に40人以上もの人が、「えーー、えーー」っと独特な声をあげて、網を引っ張っていました。
写真中央:魚が網に引っかかっているのをみて、脇から勝手に魚を取っていってしまう人もいました。
写真下;Akuseで出会った家族。

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では、大急ぎで更新しましたが、再びアダに戻ります。
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ガーナの食べ物
offmarket
lightsoup.jpg

左の写真:お肉屋さん。なんとも豪快な形で売られていました。。ヤギや羊、チキンなどを主に食べているようです。ペットのように道に沢山いるヤギは食べないでほしいです。

下の写真:エンジニアのクリス(左)とラジオアダのノラ(右)。
器用に手で食べてますね。この日のランチはテラピアと言われる魚が丸々入ったlight soupにFufuが入っていました。(注)ピラニアではありません。light soupはトマトやペッパーが入ったスープ。Fufuとはキャッサバ(Cassava)と言われる芋とプランタイン(Plantain)と言われる甘くないバナナを日本のお餅のように練ったものです。魚臭さが私はだめで残してしまいました。

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lightsoup

小さな教会
church2.jpg ガーナの人の多くはクリスチャンです。

 日曜日にはほとんどの人が教会に向います。ある日の日曜日、アダから東北にある小さな村を訪れました。車で山を登り、途中でおり、小道を登ると、どこからか聞こえる力強い歌声。聞いたこともない、民族的な魂を感じる声。そんな声に導かれ、私達が辿り着いた場所は教会。その周りには民家が2件ほどありました。十字架のマークはどこにもみつかりません。聞こえてきた歌はゴスペル。とはいってもニューヨークのハーレムの教会で聴くゴスペルとはまったく違います。ここオリジナルの曲。ラジオアダで話されているダンウェイという現地の言葉を使ったガーナの歌。併せて、体を斜めに伸ばすような独特な踊り。まるで見てはいけないものを見てしまったかのような、とても神秘的なものでした。

church.jpg

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マーシャとピーター
mashapeter.jpg マーシャはニューヨーク大学のジャーナリズムの教授。今回学校とは関係なく、彼のピーターと一緒にガーナに来ています。彼らにとって、ガーナに来るのは2回目。ラジオアダの話を持ち帰ってきてくれた先生です。マーシャは想定45歳、ピーターは想定60歳です。とっても仲良しなカップルで見ていて、ドキドキしてしまう場面も。

 しかし学校ではと~~っても厳しいマーシャ。厳しいっといっても、いい意味で厳しいのでなく、とっても感情の起伏が激しく、気分屋という意味で生徒に恐がられています。今回マーシャとピーターがガーナに着いたときサマークラスを受けにきているジャーナリスと食事をしようというときに、他の生徒達は確実に嫌がっていました。

「I hate her..」


mashapeter2.jpg私は授業の風景を見たことがないので、よく知らないのですが、パーティーや彼のライブで話したときはとても温和な人。去年のニューヨーク大学の卒業生も最初は恐かったそうですが、最後のセメスターのときにはとってもいい先生だったそうです。

 私は今回アダでマーシャとピーターに会うのを楽しみにしていました。日本からニューヨークに行ったときはニューヨークにいるひとは外人さんと思っていましたが、ここアフリカにくると私達日本人もアメリカ人も数少ない外人。とっても身近に感じるのは不思議なものです。

マーシャとピーターが今回ガーナに来た目的のひとつが水の清浄機。ピーターが発案した水の清浄機を街に広めようというのです。他のアフリカの国よりもガーナは進んでいるとはいえ、水を買えないような貧しい人が多いです。その清浄機というのは水が入っている容器の上にガラスで蓋がついています。それを外に置き、太陽の温度で沸騰した蒸気がガラスをつたって、流れ落ちた水を飲み水として使うというのです。いい案だとは思うのですが、密封された箱。すぐにカビが生えてしまうのではないのかぁ。。さらに低価格の道具を使おうとしているので、水がもれてしまうという問題がまだ解決されていません。

 water.jpg
wa.jpg


写真上:小さな村を訪れました。下の写真に載っているのがピーターが考えた浄水器です。
写真中央:ピーターが浄水器の説明をしています。下の写真。このときはまだ水がたまっていなかったので、ガラスについた水を舐めて味を確認していました。
写真下:エマニュエル家から帰るとき。水溜りの水を集めていました。この家には水道は通っているのですが、水漏れで使えなくなってしまったそうです。

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エマニュエル家
emanuel.jpg 都市アクラに一日来ています。少しだけ更新して、またアダに戻ります。

 今はラジオアダの社長のコフィーの家にホームステイさせてもらっていますが、一日ある合唱団の撮影のためAkuseという街にきて、そこでは指揮者のエマニュエルの家に泊まらせてもらうことになりました。撮影が終わり、暗くなってからエマニュエルの家に移動。ガーナにほとんど街灯がないので、夜頼るになる明かりは車のヘッドライトのみ。しかしここは道ばかりでなく、家にも電気がついていない。。(私達、電気のない街にきてしまったのかぁ。。心配。。)真っ暗な中、車のヘッドライトのみを頼りに、大通りをそれ、舗装されていない、車が横転するのではないかと不安に思うくらいのボコボコの道をひたすら上へ上へ。頭も体もクネクネとねじらせながら、その車は南国の木々の中をくぐっていきました。すると転々と石造りの家を見つけました。(でも電気がついてないぃ。。いやな予感。。)、っとエマニュエルの家につきました。「やっぱり真っ暗。。」持参の懐中電灯をお皿に当てながら、食事。。真っ暗の中夕食。(一体どうなるんだぁ、すごいところにきてしまったぁ。)っと思っていました。しかしこれは停電でした!!停電はよくあるそうですが、ほんと驚かせないでほしいっ。こんなところで私は住めないっ~~っと真剣にどうしようかとかんがえてしまいました。エマニュエルがジェネレーターで、電気をつけ、ほっ☆よかったぁ。

emanuelfamily.jpgそして食事を終え、トイレに行こうと案内をしてもらいました。家とは少し離れたがけの途中にトイレがポツンとあります。(よしっ、入ろう!)っと思い、彼と一緒にドアをあけると、中は真っ暗、石造りのトイレの中は穴が二つ開いていました。もちろん、ボットンです。そんなことよりも、私が鳥肌が立った原因は、ドアに何匹もへばりついている大きなゴキブリ~~!(ぎゃ~~、絶対だめぇ~~!だめ!だめ!)涙。。

それを見てしまうと私は一人でお風呂に入ることも恐くなってしまいました。完全に硬直してしまった私はこの日は顔を歯も洗わずに寝ることにしました。。(実は前その日もコフィーの家で水がでなくて、顔も歯も洗わずに寝てので、2日連続、、)ここの家にはシャワーも蛇口もありません。朝身体を洗うときは、バケツに入れられた一杯の水を、大切に大切に使いました。

写真1:街灯のほとんどない夜の道は、栄えている商店街でさえ真っ暗です。
写真2:エマニュエルは指揮者です。
写真3:エマニュエル家。トイレは大変だったけど、エマニュエル家はほんと優しい人たち。美味しいご飯をどうもありがとうございました。一番左のofoeは17歳。とっても優しい男のことでした。一番下の子。アジャは最初は人見知りしていて、顔を見てくれなかったのですが、帰るときには私の手をぎゅ~~っと握って、話してくれませんでした。笑顔のかわいい、おばあちゃん、またいつか会えたらいいなぁ。

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バタバタ
capecoast4.jpg ケープコーストで用意されたホテルは、まるで新婚旅行のような贅沢なリゾートホテル。皆プールに入ったり、ビリヤードをしたり、近くのマーケットに出たりと思いっきりリフレッシュをしてきました。昼にはKakum National Parkでひたすら長い橋を渡りました(写真左下)。そこの山でアリの大群に出会いました。とても大きな群れで、私は大股になっても乗り越えることが出来ず、ありの群れの中に足を踏み入れました。そばにいた現地の人が「走れ、走れ、走れ!!」「ジャンプ、ジャンプ、ジャンプ!!」と私に向って叫んでいました。踏んだら死ぬと思っていた私。甘かったです。足元を見てみると、20匹以上のありが私の足にへばりついていたのです。「きもちわるぃ~~!」っと私は、ばたばたとアリを払おうとするが、このアフリカのアリの生命力はとてつもなく、結局3人がかりで追い払うことができましたぁ。。「ふぅ~~。」

capecoast3.jpg 夜にはキャンプファイアーに、パームワイン、ブッフェと贅沢な週末を過ごしました。そしてアクラに戻ってきました!この2,3日、ラジオアダの創設者のアレックスとウィルナ夫婦の家に泊まらせていただいています。アレックスさんはガーナのメディア界では知らない人はいないという有名な人。お手伝いさんや門番がいて、家はまるでホテルのよう。シングル用ダブル用二つあるゲストルームにはゲスト用のバスルームがついていたり、中庭があったりと夢のような家に泊めさせてもらっています。(写真下)

 昨日ニューヨーク大学の授業は終わり、みんなとはお別れしました。ガーナにもう少し残る人、昨日の夜の便でニューヨークに戻った人、違う国に発った人とみんなばらばらになってしまいましたが、またニューヨークでの再会を約束しました。

capecoast7.jpg 私達は今日からアダに移動します。アダではコフィー宅に一ヶ月ほどホームスティーをさせてもらいます。思いっきりアフリカカルチャーに浸ってきます。彼はようやく本腰を入れて撮影開始です!アダは今いるアクラとは違い小さな村なので、インターネットが使えるか分からないので、更新できないこともあるかもしれなせんが、次回の更新を楽しみにしていて下さい。さてさて、これからどんな生活が待っているのでしょう。応援よろしくお願いいたします。→人気blogランキングへ

ケープタウン エルミネの城
capecoast.jpg 先週末は都市アクラより西に車で3時間ほどのところにあるケープタウンという町にニューヨーク大学のエクスカージョンで行ってきました。ケープタウンで有名な場所というとエルミネキャッスル。歴史上の大きな間違いがあった場所です。奴隷貿易が行われた場所なんです。この城の中にギューギューになって黒人さんが詰め込まれ、2、3ヵ月後に出る船を待つのです。ろくに食料も与えられないし、衛星面もよくないので、その間で死んでしまう人もいます。生き残った人は船の乗ることになるのですが、そこでもすし詰めになって運ばれるので、その間では多くの人が亡くなったそうです。その遺体はこの海の中に投げ入れられたそうです。現在いる黒人さんや少しでも肌が黒いひとの祖先に当たる人たちはここからアメリカや南米に運ばれたのです。ニューヨーク大学の生徒のなかにも何人か黒人さんがいますが、話を聞きながら泣いていました。この城の中央には、小さな教会があるのですが、一体なんのための教会か。。

capecoast2.jpg 写真右は生き残った人が船への出口。最後の出口で逃亡をしないように、頭を低くし、身をちじめて、肩を横に傾けなければ、通れない狭さになっています。どんな気持ちでここをくぐったのかと思うと、とてもつらくなります。こんは無残で残酷なことをよくできたなぁっととても悲しい気持ちになる場所です。二度とこういうことないよう皆で誓い、黙祷をしました。現在ここの出口の前に広がる光景はとても穏やかで平和な空間です。(写真上右)

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マラリア
children


 マラリアは、死に至る感染病です。私達は週に一度副作用の強いマラリアの予防薬を飲んでいます。

 リベリア出身のキャリエルは今2度目のマラリアにかかっています。そのことを彼がコフィーに話すと、「マラリアは風邪みたいなものだよ。」っと。先日お会いしたリベリア滞在歴15ヶ月の日本人のSさんはお会いしたとき、ケロッとした顔で、「今4回目のマラリアにかかってる。」と言っていました。レベルには3段階あり、酷いものであれば気を失うこともあり、以前かかったときは、2日間意識がなかったとか。しかも彼女は丁度日本に帰国したときに発症したようで、日本ではマラリアの病気の治療を扱うことなどほとんどないので、まるで研究対象のように扱われたそうです。

 風邪のような症状がでたら、病院にいけば、問題がない病気だそうです。アフリカに沢山のマラリアによる死亡者がいるのは、貧しくて病院にいけない人たちが多いからです。

children


写真:出会った子供たち。左下の写真の左下にいる子供はジョーの息子、ジョナサンです。
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クリス、ガーナのメトロTVに登場!
mtv3.jpg ワールドカップの決勝戦。イタリアVSフランスが行われた7月10日。サッカー好きなアフリカの多くの人はテレビやラジオに釘付け。そんな中、ジャーナリズムで同級生のギリシャ人のクリスがコメンテーターとしてメトロTVに出ました!クリスはスポーツライターです。メトロTVからほしい資料と交換に、コメンテーターとしてテレビに出てもらうことが条件になったそうです。彼と私はクリスがテレビでコメントする姿を生で見たいとカメラを持って、メトロTVにお邪魔させていただきました。
mtv2.jpg 試合を見ながら解説するのではなく、試合が始まる前と終った後のみの番組なので、試合はスタジオで皆でワイワイと応援をしました。ガーナのひとは黒人さんがいるフランスを応援していました。強豪同士、1-1のまま、延長戦、そしてPKにまで持ち越しました。白熱!フランスの2人目がクロスバーに直撃。フランスにとって厳しい状況になっていました。その後イタリアもフランスも確実にゴールを決め、そして5人目のシュートです!イタリアがこれをいれれば、優勝。スタジオで見ていたコメンテーター、カメラマン、スタッフ全ての人はテレビに集中!さっ、蹴った!!っと思った瞬間。画面が真っ暗。。。(おいおいおい。。)私は犯人が誰だかすぐ分かりました。。テレビの後ろでカメラを構えていた彼。テレビに繋がっていたコードを足で踏んでむいてしまいました。。(あっちゃ~~。)私はこれが起きる前から、なにか起きてもおかしくないと、彼に注意をしていたのですが、、。最後のた~~いせつなキックは逃してしまいましたが、2006年のワールドカップはイタリアが優勝しました。

mtv4.jpg そしてこれからがクリスの出番です☆堂々とコメントするクリスに感動。私より年下なんだよなぁと感心しながら、見守っていると、10分後。どこからか携帯の音が、、「プ、プ、プ~。」。(誰の携帯の音??生の本番中は携帯きっといて下さいね~。しかしだれだぁ??)犯人は、なんとクリスの横に座っているスポーツコメンテーターでした。。ポケットから携帯を取り出して、電話を止め、メールを打つ姿はテレビには写らないとは思うけど、音は流れてしまうのでちゃ~~んととめておいてください。

 無事にクリスのお仕事は終わり、私達は寮に取りに行くものがあったので、クリスと一緒に寮に一緒に帰りました。寮のドアを開けると、トイレットペーパーの紙吹雪!クリスのテレビ登場を祝い、みんながなぜだか頭にトイレッペーパーを巻き、お祝い!そしてクリスの部屋にはお祝いのトイレットペーパーデコレーション。そしてかんぱーーい!とこの日は沢山のサプライズがありました。ちゃんちゃん☆

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ニューヨーク大学パフォーマンス専攻
tissue.jpg ニューヨーク大学のジャーナリズムとティッュ(パフォーマンスやフォトなどの芸術専攻)の人たちがこのサマークラスに参加しています。日本でティッシュと聞くと、鼻かむときに使うティッシュを思い出しますが、こっちではユダヤ系の有名な個人名に当たります。

彼がいない間、一人でいる私のことに気を使ってくれる大学の学生達。
とっても優しいひとばかりです。パフォーマンスの授業を見に行きました。
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 火曜日と木曜日は毎週ガーナ大学での、ガーナの踊りと歌の授業。ガーナ大学へはバスで20分ほど、ニューヨーク大学のバスの送り迎えがあります。ガーナ大学の大きさにびっくりしました!存在感のある門構え。警備員が立っている門をくぐると車道が走っていて、その左右に建物が並んでいます。そんな立派な風景にびっくりしながら、ダンスのレッスンができるステージへ向かいました。野外のステージです。

 ストレッチから始まり、ガーナダンスの独特な動きを徐々に慣らしながら、ガーナの快調な音楽に合わせて、ステージを一杯に使って飛んだり跳ねたり。踊りが終ると、ガーナの歌を練習。新鮮なガーナの踊りと歌にはもちろん普段はおしゃべり好きな彼らが真剣に練習をしている姿をみて感動しました!そしてはっきりと「この人には才能があるっ。」と思う人もいて、これからこの生徒達がミュージカルやシアターで活躍するのが楽しみになってきました。
tissue


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ご飯準備中
ジョーの近所に住んでいるひとたちです。お母さんたちは夕ご飯の準備中でした。
 
 ガーナの主食にはご飯、ヤム(里芋のような味)、バンクー(コーンを練ったもの、酸味があります。)などがあり、おかずにはトマトや落花生がベースのものなど様々な種類のシチューがあります。私達が今お気に入りのガーナ料理は、ヤムとオカラスープ。大きな里芋のようなヤムが輪切りでてきます。オカラスープは少し辛く、沢山のオクラが入っていて、どろどろしています。オクラがアフリカ原産だとご存知でしたか?

cooking


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リベリア
liberia2.jpg 彼がリベリアから帰ってきました!ホテルではマリファナのにおいがプンプンするし、外に出るとストリートの物売りの人たちが寄ってたかって私のことを「ぶたこ、ぶたこ!!」※と呼ぶし、出会ったジョーは朝の6時から何回も電話があるし、この一人での一週間生活が辛くなってきていました。先ほど彼と道を歩いていると、やはり「ぶたこ、ぶたこ!!」と声を掛けられました。今まで一人でいるときはそっぽを向いていたのですが、彼が問いただすと、私が自己紹介をしたときに、聞き間違えたようです。。でも「まりこ」と「ぶたこ」どうしたら、間違えるんだぁ~~~!!??(怒)

 彼は国連の協力で今回の取材をしたのですが、帰りは国連のジェット機で帰ってきました。そこで出会ったリベリアの国連で働く日本人のSさんとOsuにあるチャイニーズレストランでランチをして、彼とSさんからリベリアの話をいろいろと聞かせていただきました。

liberia.jpg 外務省の渡航情報ホームページには「リベリアにいる日本人は即撤去せよ。」などと、恐いことが書かれているのですが、実際は復興の兆しが見え始めている国だそうです。とはいえ、ホテルや建物は瓦礫、、ドアや窓は戦争の恐ろしさを思い出させるように、打ち砕かれていて、そこには洗濯物がかかっていて、人が住み着いているそうです。電気も水も通っていないので、水は井戸を掘り、電気はジェネレーターを使っているそうです。以前街頭をつけるという動きがあったそうですが、盗まれたりと、なかなか復興するにはまだ時間がかかるとは思いますが、どうにか国連に頼りにならずに自力で立ち上がってほしいものです。とはいえ、これからが国連の腕の見せ所です。そんな国に住んでいる彼の同級生のキャリエールのファイナルプロジェクトはリベリアの売春婦の話。リベリアには仕事がないので、行きぬくために売春は当然のようにされているようです。そしてその売春婦の買い手は「国連職員」。。復興のためにきている人たちが、そんなことをするとは。。ひどい話ですね。

 彼は昭和の戦後を感じるようなリベリアからガーナに戻ってくると、ガーナがとても栄えているように思えるそうです。詳しい話はいつか彼のブログで紹介されると思います。

写真上:彼がリベリアのハーパーで西アフリカのラジオのワークショップの撮影をしたときのものです。このワークショップをラジオに流すそうです。それにしてもレコーダーで録音してるんですね。下の写真はラジオアダのトップのコフィー。来週にはアダに移動して、そのラジオ局の本格的な撮影を始めることになりそうです。
写真下:なぜだか彼もインタビューされたそうです。


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ガーナの写真
people
 ジョーはマーケットの中だけではなく、彼のお父さんの家、自分の家、友達の家などに私を案内し、沢山の友達や家族を紹介してくれました。インターネットがと~~っても遅いので、これからその時の写真を少しづつ載せていきますね。
上の写真:いわゆる地元の人が住む住宅街。私達が住んでいる高級住宅地Laboneとも繁華街のOsuとはまったく違う雰囲気でした。右上にあるガーナの国旗が印象的でした。streetpeople.jpg
streetpeople2.jpg
上の写真:ガーナは海に面しているので、沢山の魚を食べます。Osuにいる観光客目的に働いている物売りの人たちとは違い、優しい人たちでした。
P.S 無事に彼がリベリヤから戻ってきました!
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Makola Market
makolamarket1.jpg マコーラマーケットに着いたと思ったら、ここは大きなステーション。しかしここにも沢山の露天が連なっています。バスのなかで「ここがマコーラマーケットですか?」と周りのひとに聞くと、一人40歳くらいの女性に「ついてきてっ。」っと言われました。ゴミゴミとした露天の通りをその女性が足早に歩いていきます。人ごみの中彼女を何度も見失いそうになりながら、彼女の後姿を必死に追いかけました。左右には日用品や野菜、魚などの露天がひしめき合っています。みんなが物珍しそうに私を見ています。何か話しかけているようなのですが、現地語で何を言ってるのかわかりません。中には「How are you?」と声を掛けてくれる人もいました。その中を小走りで通過。そのおばさんは、私が帰るときのルートを教えてくれたり、迷子にならないように目印になる建物を説明してくれたりととても親切でした。

makolamarket3.jpg そしてマコーラマーケットに到着。見たことがない食べ物を扱っている露天が一体どのくらい入っているのでしょうか??50?100?いやそれ以上かなぁ。とにかく狭い敷地にギュウギュウと圧倒されるほどの露天がひしめき合っています。案内してくれたおばさんとはお別れをして、マーケットの中を一人歩き始めました。冷やされていない生の魚などにはハエが何匹も飛んでいて、見るからに衛生的によくありません。私たちが食べたら、確実にお腹を壊しそうです。

 賑やかな場所で、私が好きな雰囲気ではあったものの、私はやはりじろじろとみられるので、居心地があまりよくなく、なんとなく伏し目がち。。沢山の現地語が聞こえてくるのですが、ジャポンとかチャイニーズという言葉が聞こえるので、私のことを話しているようです。歓迎してくれているのか、歓迎されていないのかも分かりません。「一人でここにくるのはつらいなぁ。また彼と一緒に来よう」と戻ろうとしていたとき、若い男性と一緒の50歳くらいの女性が「How are you?」と声を掛けてくれました。近寄って話してみると、二人は親子。二人は私に「何しに来たの?」「Osu城には行った?」とかいろいろ話しかけてくれました。するとその男性(ジョー)が案内してあげるよっと立ち上がりました。私は頭の中で(またお金を請求されたりどうしよう)と思ったものの、でも優しそうなお母さんがいるので、親子で騙すことはないだろうなぁっと思い、彼に少しマーケットを案内してもらうことにしました。

makolamarket4.jpg

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真ん中の写真:ジョー(コジョ)とお母さん
上と下の写真:気づかれないように、隠れて撮った写真。「なにものだぁ?」という私への視線。。

一人初トロトロ
 Macola Market。大きな市場。きっと活気があって、楽しいんだろうなぁ。しかしマコーラマーケットはとってもゴミゴミしているところで、引ったくりに注意の場所。一人でいくのは気が引けるけど、、「することがないし。。」。っということで行くことにしました。

trotro1.jpg今まで一人でタクシーを乗ったことはあるものの、少しでも節約したいとトロトロというバスに乗ることに。一人では初トロトロです。トロトロは以前アダにいったときに乗ったバスと同じで、あの小さなボコボコのバンに人がギュウギュウに入っています。バスには行き先が載っていないし、バス乗り場のサインが分かりにくいので、短期の観光であればタクシーを利用するのがいいと思います。(タクシーの料金は2ドルだせば、3キロは走れます。)トロトロの後ろに一人、係りの人が座っています。乗客の出入りを指示したり、手にお金を握り締めてお金の回収をしたり、体を半分のバンの外に出して、トロトロを待っているひとに行き先を叫んでいます。

「アクラ、アクラ!」(Makola Market行き)trotro.jpg

「サークル、サークル!」(Nkrumah Circle行き)
といっても、バスマップというのもないみたいだし、バスにも行き先が載っていないので、一体このバスがどの道を通ってどこで止まるか、まったく分からない私はどきどきしながら、バスの人に行き先を告げて、言われるがままバスの中に入りこみました。運賃を教えてもらい、その係りの人に直接支払いをします。マコーラマーケットまでは2000セディ(約30円)。メータがなく、決まった金額はないので、観光客は高く見積もられる可能性もあります。(このときは大丈夫でしたが、最近トゥクトゥクに乗ろうとすると、私の顔を見てすぐ、「1000セディ」と言っていたのに「2000セディ」と言い直していたときがありました。)

 知らない国でバスを乗るのは一苦労。やっと、マコーラマーケットに着いた!

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7月4日
 7月4日。
 一年前の今日に私達は入籍し、7月17日に神社で親族のみの小さな結婚式を開きました。そしてその日の夜はなんと彼のニューヨークへの引越しのパッキングで徹夜。。真夏の夜中に近くの駐車場の地べたに座って、食べたアイスクリームの味は忘れられません。翌日の夕方4時に引越し屋さんが来た時点では半分しか終ってない部屋をひたすら無言でパッキングする私達。引越し屋さんも飽きれ顔。私はなんでもっと早くから手をつけておかなかったんだという苛立ちをとにかく「ぼんぼんぼんっ」とパッキングにぶつけていました。。そして一度全ての荷物を私の実家に送ってもらい、ニューヨーク行きと東京行きの仕分けできていない荷物をまたも3時間ほどの睡眠でやりました。そして荷物合計約30箱を東京に残したまま、その日の昼彼は大阪の実家に向かい、2日後の21日に関西空港からニューヨークに発ったのです。今では結婚式後の嵐は笑い話になりますが、そのときはなんていう人と結婚してしまったんだ~(悩)と精神的におかしくなっていました。

 そして一年後にアフリカ。そんなわけで結婚記念日の今日はガーナでひとり。いやいやニューヨーク大学の生徒と一緒です。彼はリベリヤ。水道もあまり通っていないそうです。最初の予定が変更になり、昨日は同級生のリベリヤ出身のキャリエール宅に泊まっています。(キャリエールのおじさんは大統領が決まるまでの間臨時の大統領をしていたとか、なんとかで、大金持ちの家。ブッシュ大統領を一緒に撮った写真が飾られていたそうです。)今日リベリヤの都市からハーパーという場所に移動予定です。

 来年の今頃、私達は一体どこで何をしているのでしょう??

imagination

 (空港に貼ってあった印象的なポスターです。)
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一週間の独立
結局リベリヤには彼一人でいくことになりました。(もう旅立ちました)
それを電話で聞いた私。
一気に寂しさが込みあがってきました。
「アフリカで一週間一人だなんて、いやだぁ~。」
真剣に借金をしてアフリカから日本に一時帰国を考えたりしながらも、そんな贅沢なことをしていいのかぁ~と葛藤を抱きながら、彼に電話。labone3.jpgいつもの彼の冷静な判断により、寂しさは今住んでいる環境であることが大きく、ホテルを彼がリベリアにいっている間移動しようという結果になりました。今住んでいるところは静かな高級住宅地(Labone)で、スーパーがある中心部(Osu)へのアクセスは徒歩で40分。炎天下の中歩くのはつらいので、ほとんどタクシーを使っています。近くには転々とお店があり、インターネットはNYU(ニューヨーク大学)のセンターで使えます。が、周りにはあまり見るものがないし、なんといっても買い物をするのが不便。まだ慣れていない私が一人そういうところにいるのは辛いので、便利なOsuに一時移動することになったのです。

 とにかく綺麗で、居心地がいいところ。と最初はこの間私は一人でいるのだから、安全で寂しくならないようにとインターネットやプールつきのホテルを探していました。しかし高いんです!びっくりするほど。一泊160ドルとか。。そんな夢をみながらも、現実的に決めたのは、Penta Hotel.今住んでいる部屋のダブルの値段がPentaではシングルの値段。部屋は小さいものの、日本のビジネスホテルのようで綺麗で安心です。なんといってもここがいい理由は、都市アクラのなかにある一番大きなスーパー(Koala supermarket)が徒歩一分ほどのところ。そして観光客が集まるところで、ここでは私の好きなパンも食べれるし、ピザも食べれるんです。

osu2.jpg せっかくアフリカに住んでいるだから~!とは思ったものの、私は東南アジアや南米、アフリカを一人で旅するバックパッカーのようにことはできない!警戒心のまったくない私はお金目的で近寄ってくる現地のひとの判断もできないし、お金の交渉とかもできません。

 Osuは観光客の集まるエリアなため、外人にはアクセサリーや民芸品の物売りが寄ってきます。せっかくだから見てみたいなぁと見るのですが、興味の沸くものがないと断るのが大変っ!ひつこいっ!私にはそういう人をかわすのも大変っ。最後には「君はよくない観光客だっ。」と今までいい人だった人が急に恐い顔になるんです。がっかりしちゃいます。見るだけでもみたいのに、後が面倒なので見るのをやめています。。ある日のこと彼がOsuの景色を撮ると、「土地の私有者にお金を払え!!」とか、お店を撮ると、「金払え!!」と回りにいるひとに言われてしまうのです。。それが恐くて、いま一人の私はカメラをあまり取り出せないのです。なので、ここで載せている写真は私が精一杯頑張って撮ったものです。
 
 こういう状況はもちろんアフリカだけではないので、旅行慣れしている方は簡単にかわすんでしょうね。路上で観光客目当てに商売をしている人以外はとても気さくで優しいガーナのひと。早くこの観光地を離れて、平和なアダに移動したいなぁ。

写真上:滞在していていたホテルとNYU(New York University)センターがある高級地Labone。
写真下:御用達のコアラスーパーマーケットと観光客が集まる賑やかなOsuのストリートです。

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リベリア大使館
 地方放送ラジオ「ラジオアダ」はユネスコの協力で1998年にガーナに出来た最初のコミュニティーラジオです。この10年間でコミュニティーラジオがアフリカで増えているのですが、そのなかでもパイオニア的な存在。その局長コフィーが今回ユネスコのスタッフと一緒にリベリアに赴いて、現地のコミュニティーラジオのためのワークショップを提供することのなりました。彼はそのユネスコとコフィーの活動を取材するためにリベリアにいきました。

toada.jpg そこでリベリア大使館へ行き、ビザの申請に行ってきました。必要な書類を用意し、提出。そして数分後。オフィスの中に入るように手招きがありました。なかなか出てこない彼。一体何が行われてるんだぁ~~??

 申請料金は50ドル。しかし「今日中に作ることができるけど、いくらなら払えるんだ?」と。つまり賄賂。。「~ドル」と言うと、「そんなお金ではここの人は働いてくれないよっ。」っと言われたそうです。。「10ドル払えば、今日中に作れるよ。」はっきりいって、パスポートにスタンプ押すだけなんだから、すぐできるでしょ~~!そのお金は彼らのポケットマネーになるはず。なんともばかげた話です。

 もちろん払いませんでした。そしてその翌日、リベリアに行くつもりがなかった私がもしかしてリベリアにいける可能性があることがわかり、ビザだけでも用意しておいたほうがいいと思い、再び大使館へ。前日に申請した彼のビザを受け取り、私の申請に取り掛かりました。そして再び出ました「手招き。。」。私ではなく、彼を呼んでいます。申請料50ドルのところ、細かいお金がなかったので、20ドル3枚で60ドル払いました。すると「他のスタッフはもう帰ってしまったので、おつりがない」と言われました。

(おい、おい、おい、、。)toada2.jpg

 彼が「明日ビザを取りに来るときに、そのおつりを返してくれ。」というと「そのおつりで今日中にビザを渡すことができるよ。」と言われました。やっぱり賄賂かぁ。。おつりがないというのは嘘でしょう。結局私達も明日再び大使館に来るのは面倒なので、そのおつりは貰わずに手続きを進めてもらいました。

 すると、5分後に、ビザをゲットしたのです。そんな簡単な作業なのかぁ。。おいっ!って突っ込みたくなりますよね。

写真の説明:都市アクラから郊外にあるラジオアダに日帰りでいきました。

上の写真:テゥドゥというパス停留所。タクシーでテゥドゥに来ると、すぐ多くの人に囲まれ、写真の中央に歩いている人に案内された。勝手に。すご~~く優しいなぁっと思ったら、やっぱりお金を請求された。。払うつもりはなかったものの、あまりにもしつこいので、希望金額より低くお金を渡したら、ふてくされて去っていきました。次の写真はバスのなか。バンに22人ギュ~ギュ~になって、約2時間の旅。
下の写真:アダに向かうまでの道のり。写真は撮っていないのですが、小さな村が転々としていました。そしてラジオアダに到着。

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バスルーム プロブレム
ghana5.jpg ご飯、食べながら気づきました。「あっ!生野菜食べちゃってるっ!」もうこの時点で私も彼も半分以上は食べていました。すぐに何かいや~~な感じがすると私は、お腹の調子が気になりましたが、それほどのこともなく済みました。しかし彼は関節が痛くなり、体温も高くなり、風邪の初期症状。旅慣れていて、A型肝炎の経験がある彼ですが、どうもお腹は慣れていないようです。。そして同じものを食べたサラも腹痛。。そしてクリスまでも。衛生面や食べ物には気をつけないとっ!大学で用意されたご飯だと思って、気を抜いていたのが馬鹿でした。。

 道で売ってるものなどには手をつけないほうがいいんだろうなぁ。とはいえ、屋台や露天好きの私にはさみしい話です。。屋台の人はトイレもなく、手を洗えるような環境ではないところにお店を出しているということがあるので、気をつけないといけないみたいです。とはいえ、先日都市から離れてアダという町に移動したときに、ガンガンに強い日差しを浴びているし食パンを道で買ったのですが、思っていたよりも美味しく甘いパンで、腹痛も起こすこともなくすみました!

ghana7.jpg 今では彼は元気になりました。しかし今日は私のお腹の調子があまりよくありません。。なんか悪いもの食べたかなぁ?今日はほとんど彼と同じものを食べました。ビスケット以外は?まさかビスケット?ビスケット食べたときの手が汚かったのかなぁ?手を頻繁に洗わないといけないけど、その水も汚いんだよなぁ~と考え始めるときりがないっ!なんて具合にアフリカでは腹痛と付き合う機会が多く、最善の注意を払わないといけません!

 上の写真:アフリカ人は右手で器用に食べるので、レストランにいくと洗面器と液状ソープが出てきます。テーブルの上に洗面器が置かれると、食欲がうせますよねぇ。私達はまだ都市にいるので外人用に用意されたフォークとスプーンを使っています。
 下の写真:都市から離れ、アダという町に向かうバスから撮った写真です。バスに大人の女性や子供たちが集まって、パンやビスケットや水などを売りに来ます。とてもお茶目な子達で、私が撮った彼女達の写真とみせると、はしゃいでいました。

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