Two Years Honeymoon in New York ニューヨークで迎える新婚生活
「NYで新婚生活なんてかっこいいじゃん!」と大学院生の夫は云うが、限られた収入でやりくりするのは簡単じゃない!家事、語学、節約、夫婦の絆。限られた時間、収入の中でも楽しみたい。そんな新妻Marikoの奮闘記。
プロフィール

まりこ

Author:まりこ
79年2月生まれ。うお座。05年7月、入籍結婚し、NYで大学院生活を送る夫を追って05年9月渡米。マンハッタン・イーストヴィレッジで新生活を始める。高い家賃と生活費、課題に追われ帰宅の遅い夫。NYでの新婚生活は想像していたほど、バラ色ではなかった!!新妻Mariko、安くて栄養価の高い食材と素敵なNYスポットを日々探求中です!応援よろしくお願いします!

*ニューヨーク時間*
(日本時間より-14時間)

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日本人、がんばれ~~☆
newspaper002.jpg オリンピック終わりましたね。これは一昨日のニューヨークタイムズの新聞です。荒川静香選手、やってくれましたね☆日本では荒川旋風が吹き荒れてるようですが、世界の新聞のトップページにこんなに大きく日本人が載ると嬉しいですよね!

 日本の新聞は全てのジャンルがまとまって入っているのに対して、アメリカの新聞はスポーツやビジネス、ファッションなどジャンルに分かれて束ねられています。スポーツのトップページも荒川静香選手の見事な姿が大きく載っていました。日本だけではなく、世界で認められた演技だったんですね。(実は私みてません。。恥)

 ニューヨークには沢山の日本人がチャンスを掴むためにやってきています。しかし成功している人は一握りといってもいいでしょう。こっちでやりたい仕事についている方は相当の努力家や力のある方。日本から勉強しにきて、チャンスのあるアメリカに残りたいものの、仕事がみつからずに日本に帰らざるおえない人がほとんどです。

newspaper003.jpg 文化の違いがあるため、世界で活躍するのはさらに難しいこと。今回世界でスポットを浴びている荒川静香選手。日本人の代表として素晴らしい演技をあの大舞台で演じきり、評価を得ているのは素晴らしいことですよね。これからも多くの日本人が世界で活躍されるのが楽しみです!次はワールドカップだぁ♪日本がんばれぇ!!

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日本を経つ日(その2)
曇り4℃
 
 成田まで荷物を宅急便で送ることも、新宿から一本で成田エクスプレスでいくこともできるのですが、せっかく調味料などを安く日本で買ったのに、成田空港への移動費でお金をかけてしまったら意味がありません。新宿で乗り換え、日暮里から京成線に乗り換え成田空港まで向かうことにしました。あえて困難な道を選んだことを後悔したのは、家から駅に着いてすぐのことでした。。

「こんな酷い目に遭うとは思っていませんでした。。

toNarita2.jpg

 難所はなんといっても電車の乗り換えのときの「階段」です。新宿、日暮里は空港に向かう人の多い場所にも関わらず、エスカレーターもエレベーターもありません。あったとしても、必要ないところにあるんですよね。。私は今まで成田に向かうとき、何度も苦労してきました。「なんでここにエスカレーターがないの!?」と必死になって荷物を運ぶ私の横には、すいすいと階段を上がる人々。「こんな小娘が真っ赤な顔してるのに、誰も助けてくれないなんてぇ。。

今回は母も姉もいると安心していました。私が黒のバックを持ち、姉と母がスーツケースを持って、階段に差し掛かったとき、ようやく分かりました。

 「無理です!」

 私は駅員さんに助けを求めたのですが、「人数が足りませんので。」とあっさり断られました。そして通りがかりの人の中にも手を差し伸べてくれる人はいませんでした。スーツケースを運ぶには三人では持つ場所がなくて、私は母と姉の横で、スーツケースを軽く支えることしか出来ませんでした。もう半べそ、汗だくです。

「あぁ。。

toNarita.jpg こんな難所を2箇所乗り越え、どうにか京成線に乗りました。ここまでくれば、成田空港にはエスカレーターもエレベーターもあるし、楽勝です!運悪く、電車は微妙に混んでいて、私と姉は二駅手前の駅まで立ちっぱなしでした。もうボロボロの私たち、椅子に座れると、短時間で睡魔に襲われました。

 成田空港、到着!!「やったぁ☆」すいすいとエスカレーター、エレベーターを乗り換え、チェックインカウンターへ。まさか地獄絵図をまたしても見るはめになるとは思っていませんでした。

重量オーバーです。
「えっ!!??」
わかっていました。重量オーバーになることは。だって重すぎですもん!でも料金を払えば、大丈夫だと思っていました。というのはオーバー料金を払っても、まだ20キロもオーバーだそうです。。「そんなのしらなかったぁ。。どうしよう。。家族と当分お別れなので、最後くらいはゆっくりしたかったぁ。。」なんとスーツケースだけで53キロでした。合わせて、たしか73キロでした。。それに加えて手荷物があるのですから、苦労するわけですよねぇ。

 すると、グランドホステスさんが、大きなダンボールを用意してくれました。黒のバッグも重量オーバーではあるのですが、送ることはできる重さなので、そのダンボールにスーツケースのものと黒のバッグのものを混ぜて入れれば、飛行機に乗せることはできるそうです。

ゲートに向かう時間も気にしながら、スーツケースを開け、必死に仕分け開始!母と姉はここには入れないので、近くで呆れながら、覗いて待っています柵の中にいる私はまるで見せもの動物のよう。「惨めすぎるぅ~~」。スーツケースの中からはおそばにお味噌に化粧品に、今から思うとどうでもいいものがわんさか出てきました。「なんでこんなの入れたんだろうぅ。。」汗だくになりながら、時間を気にしながら、どうにか重さはクリアしました!ダンボールは苦しそうにガムテープでぐるぐる巻きにされていました。到着してから、また移動するために、スーツケースに入れなおすことを考えると、頭が重くなってきます。

そしてすぐにゲートに向かいました。こんなで最後の最後までバタバタでした。。「じゃ~~。どうもありがとう。。」となんともはりのない言葉がお別れの言葉になってしまいました。ほんとご迷惑をおかけしてしまいました。もうこれからは無理はしません。。

みなさん、これからは重さを確認してくださいね

JFK


大騒動の中、無事JFK空港に辿り着きました。相当疲れたようで飛行機の中ではもちろん爆眠でした


日本を経つ日(その1)
 晴れ12℃
 日本にいる間私はニューヨークでは高い調味料や本、突っ張り棒など、「買うものリスト」を片手に、時間が空いたときにせっせと買い物にでかけていましたおそばに、お味噌に、中国語の本に、、するといつの間にか私の部屋は、足の踏み場に困るほどの量のガラクタが山積みになっていました

 17日日本を経つ日、朝早めに起きてパッキングを開始
「よし!やるぞ!!」と気合十分。
前日から少しつめ始めていたので、「余裕~♪」。
彼から借りたグレーのスーツケースは一番大きなサイズ
なのに、化粧品と使い捨てコンタクト、目薬、調味料、本などでですぐに一杯になりました。

大きい黒のナイロンのバッグには
次にいつ帰国するのかわからないので、夏服も持っていきたい。
そして実家に使わずにあったフライパンに、持ってきた冬服、履いてきたロングブーツ。。
「いやな予感。。

まだまだあります。
百円均一で買った湯のみに、三角コーナー、CD、ビデオテープなど、割れ物は手荷物として飛行機の中にもっていこうと赤いナイロンのバッグを用意してました。しかしプチプチで念入りにぐるぐる巻きにされた割れ物たちは、かさばり、「入りっこないぃ!」
 そこで実家にあった大きい黒のナイロンのバッグを借りました。姉にバッグの口を押さえてもらいながら入ったものの、パンパンです。

手荷物の斜めがけのバッグには大切なパスポートや書類、手帳にお財布に化粧ポーチ。飛行機の中で歯を磨きたい、顔も洗いたいと、どんどん欲張りになり、チャックをするにもニット帽が挟まるし、変形したバッグはなんとも醜いお姿。

そして。朝早く起きたし、。「パッキングもほぼ最終地点。」と時間に余裕を感じながらパッキングしていたところにお客さまが登場私が日本を経つということで忙しい中、顔を出してくれのです。「嬉しい☆」久しぶりの再会に、そしてYちゃんのアメリカでのエピソードに花開き、「そうそう、そうなんだよねぇ!」なんて楽しい時間を過ごしていました。

Yちゃんが帰り、ラストスパート「ん?」と時計を見ると、「時間もなくなってきたなぁ。よし!」。いつもの「よし!」は頼りにならないことを察しながらも、もくもくと再開。今日やることのリストには本屋さんにも寄りたいし、カレーのルー、NYにいる友達にお土産などまだお仕事は残ってます。焦ってきてます「2時24分の電車に乗りたい!」

「ギューギューギュー」なんとも息苦しそうなバッグの中。「お願いだから、入って!」とこっちは必死です。見送りに言ってくれる姉と母は私を呆れて顔

結局最終確認もできないまま、出発!
勢いよく飛び出したかった!!
「重すぎる。。」
「いたい。。。」
スーツケースを抱え、二階にある私の部屋から降りる姉と母は必死。一段一段慎重にいきたいものの、重すぎて、動きません。これは予想外です。家でこうなのだから、先が思いやられます。。
どうにかこうにか下まで荷物を降ろすことができました。スーツケースに、衣類の入っている黒バッグ、手荷物の割れ物が入っているバッグ、斜めがけのバック。そして姉のバッグの中にはUの字の枕。母のバッグの中には入りきれなかった雑貨。「なんてこったぁ。これを私はニューヨークについたら一人で持てるのかぁ!?」

家から駅まで徒歩8分。2時10分に出たので、「大丈夫だろう。」ゴロゴロゴロとスーツケースが引きずる音を響かせながら、商店街を直進。黒バッグの取っ手はいつか千切れるんじゃないかと不安になるほどギシギシ言ってます。肩にかけてられないので、スーツケースの上に乗せたのですが、安定しません。そして少しでも道に凹みがあるとよろよろを道を外れてしまいます。家を出て、2分いや、家の中から、姉と母は疲れ顔。「ごめんなさ~い。」と私。そんな中今回会えなかった友人に遭遇。「あぁ!今回は会えなかったけど、また今度ね☆」と話したい気持ちを抑えながら、前に進みました。「よろよろよろ。。」

と途中。姉が私と母に荷物を預け、スーパーに直進!私たちはひたすら駅に向かいます。「遅いなぁ、お姉ちゃん。。重いよぉ。」なんていうときに親戚に遭遇。挨拶をして、その場を母にまかせ、私は以前バイトしていたパン屋さんに源泉徴収の紙をもらいに爆走!ちゃんと挨拶したかったものの、それもできず、後ろ髪引かれながらも、時間はどんどん過ぎていきます。

姉も私のために買ってきてくれたカレールー片手に戻ってきて、母も私も集結。やっとの思いで、駅に着きました。「ふっ~~」なんて一息つく間もありません。ホームまで行くのに、エレベーターの乗らなければいけません。あと2分。切符を買って、乱れに乱れた私たちの耳には電車の音が聞こえてきました。「乗れるかも!」。しかし最後の最後でスーツケースのレールが、エレベーターの隙間に挟まったのですぅ。「ばたん」あぁ、疲れた。。間に合いませんでした。空港についてチェックインをしたら、お茶をする時間を考えて、選んだ電車だったので、飛行機に間に合わないわけではないのでいいのですが、「つかれましたぁ。」姉、母、私にぐったりです

 障害物リレーのような家から駅までの道のり。すでに姉の手のひらは内出血していました。。電車の中で母と姉の冷たい視線を感じながら、成田へ向かいます


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